日本質的心理学会第19回大会

ご挨拶

今回の大会のテーマは「ひろがる・ひろげる」となりました。質的研究法は通常の学問領域のようにある特定の分野についての研究の手法というよりは、いろいろな領域をまたいで使われています。質的研究法の出発点は、イギリスのロンドン・スクール・オブ・エコノミックスで人類学を学んだ、ポーランド出身のブロニスワス・カスペル・マリノフスキといわれています。彼は1910年代にパプア・ニューギニアのトロブリアンド諸島でフィールドワークを行っており、現地に長期間滞在して、原住民の生活を詳細にわたり観察をして、原住民の人々がどのような規範や慣習を持って生活しているのかを分析しました。その後、1920年代以降、アメリカのシカゴ大学の社会学者たちが、近隣のスラム街の人々の生活や彼らが抱える社会問題について現地調査を行い、スラム街に住む人々がどのような考えのもと生活しているのかを明らかにしました。

現在では人類学や社会学に限らず、心理学、看護学、言語学、教育学、女性学などでも質的研究法が使われるようになり、学問横断的な研究方法となっています。このように質的研究法は学問分野をまたいで、徐々に「ひろがり」をみせています。また質的研究法は、当初人類学では参与観察が主流でした。その後、人々の行動様式の記述である参与観察のほかに、インタビューという手法が使われるようになると、インタビューされる人の内面の様子ばかりでなく、インタビューする人との共同作業で、そのインタビューされた人が、自分の経験した事象を再構築するという考え方が出てきました。さらに分析対象についても、写真や絵はがき、落書きなどがデータとみなされるようになりました。またあるテーマについて数名の人が一緒に談議しているところを観察するフォーカス・グループの手法も用いられるようになりました。このように質的研究法は一つの手法に縛られることなく、様々な調査方法を利用して、研究の領域を「ひろげる」研究法といえます。

今回、大会の会場となる愛知大学は、戦前中国の上海にあった東亜同文書院の教員たちが、戦後すぐに愛知県豊橋市に設立した私立大学です。東亜同文書院では、卒業研究として中国での現地調査が行われていました。そこで学ぶ日本人学生たちは、中国の広い範囲を歩いてフィールドワークを行い、その調査結果をまとめました。いまではそれらの卒業研究が、中国に関してとても貴重な資料とみなされています。このように愛知大学では伝統的に質的研究法と関連のあるフィールドワークを重要な調査方法とみなしていた歴史があり、そこで今回日本質的心理学会年次大会が開催されることになにか縁があると考えています。

なお、対面での開催を予定していますが、今後の状況によってはオンライン開催に変更となる可能性もあります。また対面で大会が開催される場合でも、大勢の人が集まって会食をするのは避けた方がよいと思いますので、今大会では懇親会は開催しないことになりました。

(第19回大会準備委員長 塚本鋭司)

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